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由紀子
由紀子
安岡由紀子
自宅教室(滋賀県近江八幡市)、 ツカモトミュージックアカデミー二胡教室(滋賀県の守山市・近江八幡市・東近江市の八日市と愛知川)にて、 二胡指導しています。 中国語教室(近江八幡市)も開講しています。 くわしくは、ホームページ https://jizi58.wixsite.com/niko
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2014年11月29日

○さんは本当の上手い人なのかを見極めよう

前回と多少内容がかぶりますが、多くの人の中には、
さらさら弾ける=上手い
っていう感覚があるようです。

だからつい、1曲通して弾けるようになることを練習だと思いがち。

確かに、上手な人は間違わず、曲になっています。

また、曲がちゃんと弾けないなら二胡を弾けるってことにはならないしね。

そして、さらさら弾ける人を、「うまいね〜」と一目置く、崇める。

でも、
さらさら弾ける→上手い じゃなくて
上手い→さらさら弾ける なのよ。

さらさら弾けてたって、
手の形が悪い、保留指してない、弓の使い方が違う、音の立ち上がりが悪い、など、悪いとこだらけだったりするのです。

ま、例えば、
お箸は食べるための道具だから、最終持ち方なんてどうでも、食べものをつまんで口に運べればいい。っちゃそうだよな。

曲だって、音程とリズムと音色がちゃんとしてれば曲として聞けるし、弾き方がどうのなんて二胡やってる人でない限り知らない。

昔ボーリングに行った時、おじいさんがプレーしていた。ボールを胸に抱え込んで前のラインまで行き、ポロと胸から落とす。ボールはドスンと強烈な音を発した後、ゆっくりゆっくりとだが長いレーンをまっすぐ転がり、ピンを一本一本スロー再生のように倒し、ストライクを取る。1ゲームずっと、毎投、ドスンと強烈な音を立ててはストライクを確実に出す。ナイス。

皆さんはどう思うだろうか?

最終的な結果さえ得られれば、フォームなんてどうでもいいの?

だってきっと、違反行為でなければ、おじいさんは試合で好成績で優勝取ることもできる?

二胡だって、フォームがどうであれ、CD出せば、みんなに素晴らしい音楽を提供できる。

でも、それでいいのかな?

さらさら弾ける=上手い
なら、我流でいいってことだよね。

ま、プロになればそれは流派となって、認められるのだろう。

でも、それ以外はどうだろう?

まして発展途上人なら。

みんなはそれを褒めるの?
または褒められたいの?

さらさら弾ける、の中身を見てほしい気がする。

そして、さらさら弾けるための練習はやめてほしい。

さらさら弾けるようになりたいなら、上手になって結果的にさらさら弾けて。
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Posted by 由紀子 at 18:52二胡関係

2014年11月17日

ニ胡をやりたいのは本心か見極める方法

人は
やりたくないと思っている事は、何らかの出来ない理由を探して、しないようにする。
やりたいと思っている事は、何とかして、ウソをついてでもしようとする。  続きを読む
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Posted by 由紀子 at 22:12ひとりごと

2014年11月13日

左右に振る意識

二胡を弾くというのは、弓を左右に動かして音を鳴らす。

そうなんだけど…

そういう振り方、と呼ぼう、
弾くではなく、振っている。

そういう振り方は感情がない、味わいがない、もっというなら、雑だ、乱暴だ。

左右の動きとして、右や左に進めることばかりで、まん中全部軽視されて、飛ばされた音色がしてる。

弓の1㎜ 1㎜の擦りが音を生んでいるわけで…その1㎜ 1㎜をどんな風に音色を作るか意識しなければいけない。

音を作っている意識をして、弓は左右に動かす。

ぴゃっぴゃとリズム分の音出しゃいいってもんじゃダメよ。

心がけは
ていねいに、色っぽく、上品に。

速い快活な曲だとしても、
摩擦の与え方はコントロール下においた計画的弾き方をするのだ。

ぴゃっぴゃと、ペイペイと、ダーダーと、意識のない左右ブンブン振りはダ〜メ!  続きを読む
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Posted by 由紀子 at 22:39二胡上達

2014年11月06日

訳してはいけない

中国語で言う時、どうしても頭の中で先に日本語で言いたい内容を考える。
これはバイリンガルでもない限りしかたない。

そして、それを中国語に訳して話す。
これが問題だ。
おかしい中国語になる理由はここにある。

訳してはいけない。

このシチュエーションでどう言うか、中国モードで話さないといけない。

例えば、こんにちは、
訳すと你好だが、中国では道で知り合いに会ってもそう言わない。吃饭了吗?(ごはん済んだ?)という。朝なら上班啊?(出勤かい?)だ。

例えば若者が言う、疼死了を訳すと、痛くて死ぬ だが、そうは言わない。マジ痛い とか ガチ痛い という。

違ったら怒るで なんて言う日本語を訳すと、不是的话生气了になるが、そう言わない。不是的话找你了(違ったらあなたを探すよ )という言い回しを使う。怒るが探すになるなど、訳すと到底思いつかない。
シチュエーションでの言い回しを覚えないといけない。

これはむずかしい。
経験が必要だ。勉強というよりは反応の積み重ねをしなければ身につかない。

反応の積み重ねの方法は、一番いいのはもちろん現地へ行く。日本にいてできることは、テレビを見る、フレーズで文を暗記してしまう、だから、ラーニングナントカは割といいのかもしれない。こういうシチュエーションではこのいい回し、っていうのを口をついて出るまで頭に刻む。

自分で文を作ろうとせず、できているフレーズを使って、ま、単語だけ入れ替えるという練習が効果的と思われる。

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Posted by 由紀子 at 10:13中国語教室

2014年11月04日

早くこの曲上がりたい…か?

新しい曲に入ると、うれしい。
しばらく習っていくうちに、この曲を上がることが目標になる。むしろ、上がることだけに意識を集中する。
(あがる…物事が終わる、完成するの意で、レッスン曲について先生の指導が終わること)

その気持ちは分かる。
しかし、その気持ちに疑問を持ってほしい。

何か急いで多くの曲を知る必要があるなら別だ。
多くの人は、趣味で二胡を弾いている。
何も急ぐ必要などない。

という論議すら、(論点は)そこじゃない感がある。

趣味って、二胡って、
楽しむためにやってるんでしょ?

もちろん、曲があがるという達成感というのは楽しむの一つです。
そこだけが二胡を楽しむの要素なの?

違うでしょ?
そういう人は、練習が義務や負担や苦痛になりやすい。

練習せな、(関西弁=練習しないといけない)と思って練習してない?

おかしいでしょ?
したくなかったらしなくていいよ、何なら二胡なんてやめたらいいんだよ。

もう一回聞くけど、
二胡って、楽しむためにやってるんでしょ?

二胡を楽しむ。
音を楽しむ。上達を楽しむ。集中を楽しむ。技習得の過程を楽しむ。曲を楽しむ。中国感を楽しむ。癒しの雰囲気を楽しむ。手の動きを楽しむ。どうすれば先生の言うことができるようになるのかと研究するのを楽しむ。楽器に取り組んでいる自分を楽しむ。自分の人生の時間を二胡を楽しむことに使っていることを楽しむ。

練習っていう行為と時間を楽しむことをしてほしいな。

でないと、曲あがる達成感だけが目的なんて、二胡の楽しみのほとんどを捨ててる、もったいない。

やっと上がれた。終わった。とか
練習しな(~_~;)。

じゃなくて、

レパートリーが増えた。
よっしゃ二胡の練習ができる。*\(^o^)/*

っていうべし!

もうこう言うとこ、
上がらんでええねん!


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Posted by 由紀子 at 17:07ひとりごと