2014年06月02日
楽しいと苦しい
ボランティア活動をしている生徒さんが、こんな質問をした。
「私は、音がずれているならしっかり指摘して直したり、質の良い演奏を、どこまでも追求して練習するべきだと思うんですが、楽しくやるのが一番大切で、あまり厳しく要求される練習は苦痛を感じるという人もいるんです。先生はどちらがいいとかいう考えをお持ちですか?」
さて、皆さんはどう思いますか?
もちろん、質の良い演奏を目指すことは必要、でもダメ出しばかりは苦しくなる、楽しいのがボランティア活動の鉄則。
一言で済ますなら、どっちも大切。
きっと、そのはざまで揺れてるぐらいがちょうどいいのかも。
みんなと活動するのは楽しい、でも質の良い演奏のために、今の自分より上のことができるようになるために、自分に少しだけムチ打って練習しなければいけない。っていう程度がちょうどいい。
楽しく、を大切にして、
誰も何も言わない。
グループの中には、音のズレを感じることが出来る人がいる、リズムのズレを感じることが出来る人がいる、でも、言わない。或いは、直るまで言い続けることをしない。
こんな感じで続けていくうち、どんどんぬるま湯状態で、質があがることはないだろう。
逆に、毎回厳密なダメ出しの声があがる。音に対して、またはリズムに対して鈍い人は、もうどう違うのかさえ感じられない。自分には合わせられそうにもないという自信喪失感や劣等感を感じる。
こういう人がやめていく可能性があるだろう。
仲間にやめてほしくないし劣等感も感じてほしくない、でも質向上はしっかり目指したい。
単純に言えば、価値観の違い。
楽しいを優先させて仲間感を味わうか、
質向上を優先させて演奏感を味わうか。
だから、そのグループの大半の価値観、考えに合わせるか、グループをやめるかだろう。
或いは、やめていく人がいても仕方ない。
私の考えは、
質向上は永遠に目指すべきで、この人は、音のズレを感じたなら毎回言うべきだと思う。
楽しい派は、楽しいを優先というのを名目に、ぬるいのが好きで、自分に甘いという本質を隠していると思う。
イヤミたらしく指摘する人もいるのだが、このタイプの言うことには中身がない。足引っ張らないでねとか、ちゃんと練習してねとか。本人の劣等感隠しのためで、人を下げることによって自分を上げている。こういう人は適当に持ちあげてるふりをしてスルーしていい。
しかし、質向上のために指摘する人は必要だろう。
ダメ出しの声がないグループは、ゆるりと落ちていく一方だろう。
「私は、音がずれているならしっかり指摘して直したり、質の良い演奏を、どこまでも追求して練習するべきだと思うんですが、楽しくやるのが一番大切で、あまり厳しく要求される練習は苦痛を感じるという人もいるんです。先生はどちらがいいとかいう考えをお持ちですか?」
さて、皆さんはどう思いますか?
もちろん、質の良い演奏を目指すことは必要、でもダメ出しばかりは苦しくなる、楽しいのがボランティア活動の鉄則。
一言で済ますなら、どっちも大切。
きっと、そのはざまで揺れてるぐらいがちょうどいいのかも。
みんなと活動するのは楽しい、でも質の良い演奏のために、今の自分より上のことができるようになるために、自分に少しだけムチ打って練習しなければいけない。っていう程度がちょうどいい。
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こんな感じで続けていくうち、どんどんぬるま湯状態で、質があがることはないだろう。
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Posted by 由紀子 at 00:02│Comments(6)
│ひとりごと
この記事へのコメント
このことは仕事や他のことにも応用できますね
勉強になりました
勉強になりました
Posted by ぽんた at 2014年06月02日 00:11
ぽんたさん、そんな深さを持って読んでくださいましたか、ありがとうございます。何かの参考になれば幸いです。
Posted by 由紀子 at 2014年06月02日 00:38
「グループの中には、音のズレを感じることが出来る人がいる、リズムのズレを感じることが出来る人がいる、でも、言わない。或いは、直るまで言い続けることをしない。」
生徒は言えないでしょう。それは、失礼ながら先生のお仕事と思います。
生徒が、仲間と自分の理想的修練との間で揺れるのは当然。
そのとき、指導すべき立場として、職業として、生徒から貴重な時間とお金の供託を受ける教師として、どのようにご指導なさる方針かお聞かせいただければ幸いです。
生徒は言えないでしょう。それは、失礼ながら先生のお仕事と思います。
生徒が、仲間と自分の理想的修練との間で揺れるのは当然。
そのとき、指導すべき立場として、職業として、生徒から貴重な時間とお金の供託を受ける教師として、どのようにご指導なさる方針かお聞かせいただければ幸いです。
Posted by xunfenghua at 2014年06月06日 20:29
ブログは簡潔にボランティア活動をしている生徒さんが、としか書かなかったので、説明不足だったのかもしれませんね。
地域の二胡愛好者のグループに参加している方で、私はグループの指導はしていません。そのグループに指導者はいません。もし、指導者がいるのなら、もちろん指導者の仕事です。
地域の二胡愛好者のグループに参加している方で、私はグループの指導はしていません。そのグループに指導者はいません。もし、指導者がいるのなら、もちろん指導者の仕事です。
Posted by 由紀子 at 2014年06月07日 00:02
勘違いのコメント、失礼いたしました。
しかしグループレッスンでもこのような経験をされておられる生徒さんは多いのではないかと思います。現在の教室も含めて、過去に通った教室では先生が基礎的な誤りをその都度訂正されることはありませんでした。諦めておられるのかな、本気で指導しても仕方ないと思われているのかな、と感じることがあります。練習不足の生徒の側の問題も大きいのですけれども。
しかしグループレッスンでもこのような経験をされておられる生徒さんは多いのではないかと思います。現在の教室も含めて、過去に通った教室では先生が基礎的な誤りをその都度訂正されることはありませんでした。諦めておられるのかな、本気で指導しても仕方ないと思われているのかな、と感じることがあります。練習不足の生徒の側の問題も大きいのですけれども。
Posted by xunfenghua at 2014年06月07日 09:50
そうですね、グループレッスン、特に人数の多いグループレッスンだとそれぞれの習得具合がまちまちで、先生も困る所だと思います。私もとことん言うべきか迷った時期もありましたが、今は、直すべき所は何回でも指摘すべき、という考えになりました。
Posted by 由紀子 at 2014年06月07日 11:09