2018年04月17日
人の演奏って車に乗せてもらう感じ
生徒の演奏を聴く時はもちろん、
二胡奏者の演奏を聴く時も、
人が運転する車に乗せてもらう感じに似ている。
運転する人は分かるだろう。
人の車に乗せてもらうと、
安全運転であるだろう範囲なんだが、こわい。
思わず足をふんばったり、体をこわばらせたり、ジレンマを感じたり。
自分のブレーキのタイミングと違う、車間距離が違う、横の間隔の取り方が違うなどなどで、何だかこわい。
二胡も同じ。
たとえそれがプロの奏者でも、
気持ち悪いというか、不完全燃焼感というか、
速度、音の出し方、味付け、間の取り方、などなど、
つい足をふんばってしまうことがあるものだ。
安全運転であるだろうに。
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二胡奏者の演奏を聴く時も、
人が運転する車に乗せてもらう感じに似ている。
運転する人は分かるだろう。
人の車に乗せてもらうと、
安全運転であるだろう範囲なんだが、こわい。
思わず足をふんばったり、体をこわばらせたり、ジレンマを感じたり。
自分のブレーキのタイミングと違う、車間距離が違う、横の間隔の取り方が違うなどなどで、何だかこわい。
二胡も同じ。
たとえそれがプロの奏者でも、
気持ち悪いというか、不完全燃焼感というか、
速度、音の出し方、味付け、間の取り方、などなど、
つい足をふんばってしまうことがあるものだ。
安全運転であるだろうに。
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